制作現場で感じる「見やすい動画」と「疲れる動画」の違い

こんにちは、岩本です。

動画を見ていると、最後まで自然に見られる動画があります。

一方で、内容は悪くないはずなのに、なぜか途中で疲れてしまう動画もあります。

この違いは、派手な演出があるかどうかだけで決まるわけではありません。
高価な機材を使っているかどうかだけでもありません。
最新のAIツールを使っているかどうかだけでもないと思います。

制作している側から見ると、「見やすい動画」と「疲れる動画」の違いは、細かい部分の積み重ねにあると感じます。

たとえば、音声の聞きやすさ。

声が小さすぎると、視聴者は音量を上げなければいけません。
BGMが大きすぎると、言葉を聞き取るために集中しなければいけません。
AI音声の場合も、読み上げの速度や間が合っていないと、内容が頭に入りにくくなります。

次に、字幕の読みやすさ。

文字が多すぎる。
表示時間が短すぎる。
画面の情報量が多すぎる。
そうなると、見る人は音声を聞きながら、文字も追いかけ、画面も見なければいけなくなります。

これは、意外と疲れます。

さらに、話の流れも大切です。

いきなり細かい説明に入る。
話題が何度も飛ぶ。
何が大事なのか分からない。
結論が見えないまま情報だけが増えていく。

こうした動画は、視聴者が頭の中で整理しながら見なければいけません。

つまり、見ている人に負担がかかるのです。

あなたが「この動画は見やすい」と感じるとき、どんな部分に助けられているでしょうか?

たぶん、そこには分かりやすい言葉、ちょうどいい間、読みやすい字幕、聞き取りやすい音量、自然な話の流れがあると思います。

見やすい動画は、視聴者に余計な負担をかけません。

どこを見ればいいか分かる。
何を聞けばいいか分かる。
今、何の話をしているのか分かる。
次に何が来るのか、なんとなく追いやすい。

この状態があると、視聴者は安心して内容を受け取れます。

反対に、疲れる動画は、視聴者に小さな負担を積み重ねてしまいます。

音が聞き取りにくい。
文字が追いにくい。
画面が忙しい。
話の流れが見えない。
テンポが速すぎる、または遅すぎる。

ひとつひとつは小さなことでも、積み重なると「なんとなく見づらい」という印象になります。

制作現場では、この「なんとなく」を整える作業がとても大切です。

音量を少し下げる。
字幕を短く分ける。
一文を短くする。
大事な言葉のあとに少し間を置く。
画面の動きを増やしすぎない。
話の入口と出口を分かりやすくする。

こうした調整は、派手ではありません。

でも、見る人の負担を減らすためには、とても大切な作業です。

見やすい動画は、必ずしも豪華な動画ではありません。
むしろ、見る人が迷わず受け取れるように整えられた動画です。

疲れる動画は、必ずしも内容が悪いわけではありません。
ただ、受け取る側への配慮が少し足りないだけかもしれません。

動画制作では、作る側が伝えたいことだけでなく、見る側がどう受け取るかを考える必要があります。

どんなに良い内容でも、見づらければ届きにくくなります。
どんなに大切な話でも、疲れる形になってしまえば、最後まで見てもらいにくくなります。

だからこそ、制作では細かい違和感を見逃さないことが大切です。

この字幕は読みやすいか。
この音量は聞きやすいか。
この説明は長すぎないか。
このテンポで、視聴者は置いていかれないか。

そうした確認の積み重ねが、見やすい動画につながっていきます。

動画は、作る側の想いだけで完成するものではありません。
見る人が受け取りやすい形になって、はじめて届きやすくなります。

見やすい動画と疲れる動画の違いは、ほんの小さな配慮の積み重ねにあります。

その小さな配慮を大切にすることが、動画制作ではとても大事なのだと思います。

うぃずくりえいしょん 岩本

この記事を書いた人

複数の独自事業を運営する連続起業家。現在、うぃずくりえいしょんとは他に2つの事業を展開している。

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