最初の1本がなぜこんなに重く感じるのか?

こんにちは、岩本です。

動画を始めようとするとき、意外と大きな壁になるのが「最初の1本」です。

2本目、3本目なら、まだ少し流れが見えてくるかもしれません。
でも、最初の1本には、どうしても特別な重さがあります。

何を話せばいいのか。
どんな雰囲気にすればいいのか。
どのくらいの長さがいいのか。
編集はどこまで整えればいいのか。
そもそも、自分が動画を出して大丈夫なのか。

考え始めると、決めることが一気に増えていきます。

最初の1本が重く感じる理由は、単に動画制作の作業量が多いからだけではありません。
その1本に、必要以上にたくさんの意味を背負わせてしまうからだと思います。

「これで失敗したらどうしよう」
「変に見られたら嫌だな」
「ちゃんとしたものを出さないといけない」
「最初から印象をよくしないといけない」

そんな気持ちが重なると、たった1本の動画が、とても大きな勝負のように感じられてしまいます。

でも、本来の最初の1本は、完璧な代表作である必要はありません。

むしろ、最初の1本は「これから始めていくための入口」くらいでいいのだと思います。

たとえるなら、最初の動画は完成されたお店ではなく、まだ小さく看板を出したばかりの状態です。
内装も、導線も、伝え方も、やりながら少しずつ整えていけばいい。

最初から全部を完璧にしようとすると、いつまでも開店できなくなってしまいます。

あなたが最初の1本に求めすぎているものは、何でしょうか?

見栄えでしょうか。
再生数でしょうか。
完璧な台本でしょうか。
それとも、誰にも違和感を持たれない安心感でしょうか。

もちろん、丁寧に作ることは大切です。
でも、最初の1本にすべてを詰め込もうとすると、動画制作は一気に苦しくなります。

最初の1本で大切なのは、すごい動画を作ることよりも、
「自分はこういうことを伝えたいんだ」と小さく形にしてみることです。

短くてもいい。
シンプルでもいい。
少しぎこちなくてもいい。

出してみることで初めて分かることがあります。

台本を書いてみて、言葉が多すぎると気づくこともあります。
音声を入れてみて、思ったよりテンポが遅いと感じることもあります。
編集してみて、もう少し短くしたほうが見やすいと分かることもあります。

それらは失敗ではなく、次の1本を作るための材料です。

動画制作は、頭の中だけで上達するものではありません。
実際に形にしてみて、見直して、少しずつ整えていくものです。

だから、最初の1本が重く感じるときは、いきなり完成形を目指さなくても大丈夫です。

まずは、短いテーマをひとつ決める。
伝えたい相手をひとり思い浮かべる。
言いたいことを一文にしてみる。

そこからで十分です。

最初の1本は、あなたのすべてを証明するための動画ではありません。
これから発信を始めるための、小さな入口です。

重く感じているなら、それだけ真剣に考えているということでもあります。
その真剣さを責めるのではなく、少しだけ荷物を下ろして、まずは小さな形にしてみる。

それくらいの始め方で、動画発信は少し前に進みます。

うぃずくりえいしょん 岩本

この記事を書いた人

複数の独自事業を運営する連続起業家。現在、うぃずくりえいしょんとは他に2つの事業を展開している。

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