動画制作が怖くなるのは、完成形を大きく考えすぎているからかもしれない

こんにちは、岩本です。

動画を作ろうとしたとき、なぜか怖くなることがあります。

別に、動画を出したくないわけではない。
むしろ、出したい気持ちはある。
自分の活動やサービスを、もっと分かりやすく伝えたい気持ちもある。

それなのに、いざ作ろうとすると手が止まる。

その理由のひとつに、完成形を大きく考えすぎていることがあるかもしれません。

動画という言葉を聞くと、つい立派な完成品を想像してしまいます。

きれいな映像。
整った音声。
分かりやすい構成。
テンポのいい編集。
見やすい字幕。
最後まで飽きずに見られる流れ。

もちろん、それらは大切です。

でも、最初から全部をそろえようとすると、動画制作は一気に重くなります。

まだ何も作っていない段階で、頭の中に完成度の高い動画を思い浮かべてしまう。
すると、今の自分との距離が大きく見えてしまいます。

「こんなもの、自分に作れるのかな」
「中途半端なものを出したら恥ずかしい」
「ちゃんとした動画じゃないと意味がない」

そう感じてしまうと、始める前から怖くなるのも自然なことです。

でも、動画制作は最初から完成形を目指すものではなく、少しずつ形を整えていくものだと思います。

たとえるなら、いきなり完成した家を建てようとするのではなく、まずは小さな土台を作るようなものです。
土台ができて、柱が立って、少しずつ壁や屋根ができていく。

動画も同じで、最初は小さなテーマだけでいい。
短い台本だけでもいい。
音声を入れてみるだけでもいい。
仮の編集で流れを確認するだけでもいい。

小さく形にしてみることで、初めて見えてくることがあります。

言葉が多すぎた。
テンポが遅かった。
説明が少し足りなかった。
逆に、思ったより伝わる部分もあった。

そうした気づきは、頭の中で考えているだけでは得られません。

あなたが今、動画制作に対して怖さを感じているなら、完成形を大きく見すぎていないでしょうか?

最初の1本は、すべてを証明する動画でなくて大丈夫です。
自分の世界観を完璧に表現しきる必要もありません。
視聴者全員に納得される動画でなくてもいいと思います。

まずは、伝えたいことをひとつだけ形にする。

それくらいの小さな始め方でも、動画制作は前に進みます。

完成度を高めることは大切です。
でも、完成度を気にしすぎて何も出せなくなるなら、少しだけ考え方を変えてみてもいいかもしれません。

動画は、最初から完璧に作るものではなく、作りながら育てていくもの。

そう考えると、怖さは少し軽くなります。

大きな完成形を目指す前に、まずは小さな形を作ってみる。
その一歩が、動画発信を始めるための現実的な入口になります。

うぃずくりえいしょん 岩本

この記事を書いた人

複数の独自事業を運営する連続起業家。現在、うぃずくりえいしょんとは他に2つの事業を展開している。

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