動画を出したい気持ちと、出せない現実のあいだにあるもの

こんにちは、岩本です。

動画を出したい気持ちはある。
でも、実際には出せていない。

このあいだには、意外といろいろなものがあります。

時間がない。
台本がまとまらない。
編集が大変そう。
何を話せばいいか分からない。
見られたときの反応が気になる。
中途半端なものを出したくない。

ひとつひとつは小さな理由に見えても、それらが重なると、動画制作は一気に遠いものになります。

そして、その状態が続くと、心の中に少しずつ違和感が残ります。

「本当は出したいのに」
「やったほうがいいのは分かっているのに」
「このままでは、また何も形にできないかもしれない」

そんな気持ちがあるのに、現実はなかなか動かない。

この差があるとき、人は自分を責めやすくなります。

でも、動画を出したい気持ちと、出せない現実のあいだにあるものは、必ずしも怠け心だけではありません。

むしろ多くの場合、そこには「まだ整理できていないもの」があります。

たとえば、誰に向けた動画なのか。
何を一番伝えたいのか。
どのくらいの完成度を目指すのか。
顔出しや声出しをするのか。
AI音声やキャラクターを使うのか。
どんな雰囲気なら自分の活動に合うのか。

こうしたことが曖昧なままだと、動画を作ろうとしても、毎回最初の段階で迷いやすくなります。

動画制作で止まっているように見えて、実はその前の「考えを整理する段階」で止まっていることもあります。

あなたが今出したい動画は、誰に何を届けるためのものでしょうか?

この問いにすぐ答えられなくても大丈夫です。
むしろ、そこで立ち止まることには意味があります。

動画は、ただ映像を作るだけのものではありません。
誰かに何かを届けるための形です。

だからこそ、出したい気持ちだけでなく、何をどう届けたいのかを少しずつ言葉にしていく必要があります。

もし今、動画を出せていない現実があるなら、まずはその状態を否定しすぎなくていいと思います。

その代わりに、あいだにあるものを見てみる。

時間の問題なのか。
台本の問題なのか。
編集の問題なのか。
見られることへの不安なのか。
それとも、自分の伝えたいことがまだまとまりきっていないのか。

そこが見えてくると、次にすることは少し小さくなります。

動画を出せない現実は、あなたの可能性がないという意味ではありません。
まだ形にするための順番が見えていないだけかもしれません。

出したい気持ちがあるなら、その気持ちは大切な出発点です。

あとは、その気持ちと現実のあいだにあるものを、ひとつずつほどいていくこと。

大きく動けなくても、まずは一文でいい。
「誰に、何を届けたいのか」を書いてみる。

そこから、止まっていた動画づくりは少しずつ現実に近づいていきます。

うぃずくりえいしょん 岩本

この記事を書いた人

複数の独自事業を運営する連続起業家。現在、うぃずくりえいしょんとは他に2つの事業を展開している。

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