動画台本に正解を求めすぎると、最初の1本が止まりやすくなる

こんにちは、岩本です。

動画台本を作ろうとするとき、つい「正解」を探したくなることがあります。

どんな構成が一番いいのか。
最初の一文はどう書けばいいのか。
何分くらいの動画がいいのか。
どこで結論を言えばいいのか。
どんな言葉なら見てもらえるのか。

もちろん、動画には見やすい構成や、伝わりやすい流れがあります。
台本にも、ある程度の型や工夫はあります。

ただ、最初の1本から完璧な正解を求めすぎると、かえって手が止まりやすくなります。

なぜなら、動画台本の正解は、目的や相手によって変わるからです。

初心者に向けた動画なのか。
すでに興味を持っている人に向けた動画なのか。
不安を抱えている人に向けた動画なのか。
短く知ってもらうための動画なのか。
じっくり理解してもらうための動画なのか。

相手や目的が変われば、台本の形も変わります。

つまり、どんな動画にも当てはまる、たったひとつの正解を探そうとすると、なかなか前に進めなくなってしまうのです。

台本づくりで大切なのは、最初から正解を当てることではなく、
今の目的に合った形を一度作ってみること だと思います。

たとえば、最初の動画なら、完璧な構成を目指すよりも、まずは「何を伝えたいか」が分かることを優先してもいい。

多少言葉がぎこちなくても、見る人が内容を理解できるなら、それは大きな一歩です。

最初からすべてを整えようとすると、台本はなかなか完成しません。

「この表現で合っているかな」
「もっと良い言い方があるかもしれない」
「この順番で本当にいいのかな」
「もっと調べてから書いたほうがいいかもしれない」

そう考えているうちに、何度も書き直して、結局完成しないまま時間が過ぎてしまうことがあります。

あなたが今探しているのは、台本の正解でしょうか?
それとも、最初の1本を形にするための入口でしょうか?

この違いは大切です。

正解を探すことに意識が向きすぎると、行動が止まりやすくなります。
でも、入口を探す意識に変えると、少し手を動かしやすくなります。

最初の台本は、完成品というより「たたき台」でいいと思います。

まず書いてみる。
読んでみる。
音声にしてみる。
流れを確認する。
分かりにくいところを直す。

この繰り返しで、台本は少しずつ整っていきます。

動画台本は、頭の中だけで完成させるものではありません。
実際に声に出したり、AI音声に読ませたり、動画の流れに乗せたりすることで、初めて見えてくることがあります。

文章では自然に見えたのに、音声にすると長く感じる。
説明は足りていると思ったのに、動画にすると少し急に感じる。
逆に、書いているときは不安だったけれど、流してみると思ったより伝わる。

こうした気づきは、作ってみないと分かりません。

だから、最初の台本に求めるものは、完璧な正解ではなく、次に直せる形でいいのです。

台本に正解を求める気持ちは、丁寧に作りたい気持ちの表れでもあります。
それ自体は悪いことではありません。

ただ、その気持ちが強くなりすぎて最初の1本が止まってしまうなら、少しだけ考え方を変えてみてもいいと思います。

正解を探す前に、まず形にする。
形にしてから、見直す。
見直しながら、伝わりやすく整える。

その順番でも、動画台本は作れます。

最初から正解を出そうとしなくても大丈夫です。
最初の1本は、これから動画づくりを続けるための試作でもあります。

まずは、今伝えたいことを一つだけ決める。
その相手を一人だけ思い浮かべる。
そして、短くてもいいので台本の形にしてみる。

そこから、次の改善が見えてきます。

動画台本は、正解を当てるためのものではなく、届けたいことを相手に届きやすく整えるためのものです。

そう考えると、最初の1本は少し作りやすくなるかもしれません。

うぃずくりえいしょん 岩本

この記事を書いた人

複数の独自事業を運営する連続起業家。現在、うぃずくりえいしょんとは他に2つの事業を展開している。

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