完璧な動画より、まず出せる形を考えてみる

こんにちは、岩本です。

動画を作ろうとすると、つい完璧な形を目指したくなることがあります。

台本は分かりやすく。
音声は聞き取りやすく。
字幕は見やすく。
編集はテンポよく。
画面の雰囲気も整えて、できれば最後まで見てもらえるものにしたい。

そう考えること自体は、とても大切です。

せっかく動画を出すなら、見てくれる人にとって分かりやすく、気持ちよく受け取れるものにしたい。
その気持ちは、丁寧な制作につながります。

ただ、完璧を目指しすぎると、動画がいつまでも出せなくなることがあります。

もう少し台本を直したい。
字幕をもっと整えたい。
音声の間が気になる。
画面の動きが足りない気がする。
もっと良い表現があるかもしれない。

そうしているうちに、完成がどんどん遠くなってしまう。

動画制作では、この状態になりやすいです。

もちろん、雑に出せばいいわけではありません。
見る人にとって分かりづらい動画や、明らかに伝わりにくい動画をそのまま出す必要はありません。

でも、最初から完璧な動画だけを出そうとすると、発信そのものが止まりやすくなります。

だから、動画を続けていくためには、完璧な動画ではなく、まず出せる形を考えることも大切です。

あなたにとって、今の時点で無理なく出せる動画の形はどんなものでしょうか?

長い動画ではなく、短い動画にする。
複雑な編集ではなく、シンプルな構成にする。
伝える内容をひとつに絞る。
凝った演出よりも、まず聞きやすさと読みやすさを整える。
最初は試作として、短い1本を作ってみる。

こうした形でも、発信はできます。

大切なのは、今の自分にとって続けられるサイズにすることです。

たとえば、最初から10分の動画を作ろうとすると重く感じるかもしれません。
でも、1分の動画なら作れるかもしれません。

最初から完璧なサービス紹介動画を作ろうとすると大変かもしれません。
でも、「よくある質問にひとつ答える動画」なら始めやすいかもしれません。

完璧な動画を目指すことは、悪いことではありません。
ただ、完璧を理由に何も出せなくなるなら、少しだけ基準を変えてみてもいいと思います。

まず出せる形で作る。
出してみて、反応や気づきを見る。
次の動画で少し整える。
また作りながら改善する。

この流れでも、動画は育っていきます。

動画発信は、1本だけで完成するものではありません。

何本か作る中で、自分に合う台本の長さが見えてきます。
見やすい字幕の量も分かってきます。
AI音声の使い方や、キャラクターの動かし方も少しずつ整っていきます。

最初の1本にすべてを背負わせなくても大丈夫です。

まずは、今の自分にできる形で出してみる。
そのうえで、次に少し良くする。

この考え方があると、動画発信は少し続けやすくなります。

完璧な動画を作れないから、出せない。
そう感じるときほど、まずは「出せる形」を考えてみる。

短くてもいい。
シンプルでもいい。
伝えることがひとつでもいい。

見る人に何かひとつ届くなら、それは発信として意味があります。

動画づくりは、完璧を目指すだけではなく、届けるための形を見つけていく作業でもあります。

今できる形で、まずひとつ届けてみる。
そこから、次の改善が始まっていきます。

うぃずくりえいしょん 岩本

この記事を書いた人

複数の独自事業を運営する連続起業家。現在、うぃずくりえいしょんとは他に2つの事業を展開している。

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